めずらしい風景
北海道旅行をしました。
当時はまだ青函連絡船が就航せず、本州に渡るのは室蘭から乗船したのです。
この濃霧は畷廻漸を暗くおしわたって、八雲地方の太陽をさえぎってしまうのであるが、明治二十年に東室蘭に入殖した屯田兵を追いだしたのもこの濃霧のせいであったようです。
昭和六年にここを訪れた与謝野鉄幹と晶子も測量山頂で霧にまかれた。
しかし歌人はそれをむしろめずらしい風景として受取っています。
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北海道旅行をしました。
当時はまだ青函連絡船が就航せず、本州に渡るのは室蘭から乗船したのです。
この濃霧は畷廻漸を暗くおしわたって、八雲地方の太陽をさえぎってしまうのであるが、明治二十年に東室蘭に入殖した屯田兵を追いだしたのもこの濃霧のせいであったようです。
昭和六年にここを訪れた与謝野鉄幹と晶子も測量山頂で霧にまかれた。
しかし歌人はそれをむしろめずらしい風景として受取っています。
画面の見すぎで、目が疲れたり、肩が凝ったりすることはありませんか?
問題についてです。
しかしワープロも、拾った文字をそのまま印字する従来のタイプライターとはちがって、文書作成のさまざまな機能がプログラムされていて、人間の選択によって遂行され、たんなる打鍵操作以上にさまざまな人間の能力が動員されるという点で、一種のシステム機械といえましょう。
機械と一体化され、システムにくみこまれる人間労働1それは人間労働のもっとも合理的な活用を意味します。
それはたんなる機械化ではありません。
人間と機械を有機的に結合するシステム化です。
このようなVDTを、労働者としてどうとらえるのでしょうか。
反対しなければならないのでしょうか。
それとも別の対応をすべきなのでしょうか。
VDTは、エレクトロニクス(半導体素子やコンピュータなどの電子工学)と光学、サイバネティクス(自動制御などに関する理論)など、近年に発見され、開発され、急速な発展をとげた最新の科学・技術の成果です。
この世に生まれ、使われはじめておよそ一五年、まだ完成途上の機械といえます。
科学・技術の成果、いいかえれば人間労働によって達成されたこの新しい機械VDTをわれわれは拒んだり、反対したりするものではありません。
それどころか人問労働が生みだした成果として歓迎するものです。
しかし、いまの日本では手放しに歓迎していては大変なことになります。
すでにみてきたように、VDTの採用を通じて、多くの職場で入減らしがすすみ、失業や生活困窮がもたらされています。
労働者が誇ってきた熟練技術や経験が不用にされ、中高年者に苦痛と不安をもたらしています。
職場の伝統的な秩序が損なわれ、新しい差別と分断支配がつよまっています。
死んだ労働(機械設備)にカネをかけ、生きた労働(労働者)への賃金を抑制しようとします。
過密労働が競いあわされ、搾取が強められています。
nと大脳中枢と手指が酷使され、からだとこころの健康が侵されています。
生きがいも働きがいも奪われてきます。
日本でのME化がなによりも、国家独占資本主義体制の深刻な危機打開のための超過搾取と収奪をはかる技術的手段として、競ってすすめられていることから、労働者と国民への否定的な影響はより大きく、鋭くあらわれていることを、見逃してはなりません。
これでは、進歩した技術が社会の退歩をもたらすことになってしまいます。
祉会とは人間の祉会であり、働くものが最大多数を占める今日の社会で、労働者が生活を奪われ、健康を破壊されては、まさしく「社会の退歩」になります。
技術的な進歩のウラで起こっていることにもっと目を向けないといけないですね。