ルネッサンスとツバキ4
俺助は、茶との雑禁起源だとか、いろいろの見解だされているが、今のところ決定的な説明はない。
侘助や散りツバキ(京都の地蔵院のものが有名、花弁がバラバラに落下する)など奇妙なものは、中国から渡来したことは確実であろうとされている。
しかし現在では、中国でこんなものは発見されていない。
京都で公卿がツバキの花 種に関心をもちはじめたのは、どうも中国におけるツバキ品種の日本への導入から刺激を受けたからであろう。
ツバキは日本原産であるが、それが中国に渡り、明代と室町時代の同時期に、日中両国で同時に改良発達がはじまり、相互に影響しあったと推定できよう。
そして日本ではひきつづく桃山時代、江戸時代とツバキはますます発展したが、中国では見る影もないほど衰えてしまったとみるのが妥当ということになろう。