農業もしながら2
彼によれば、これは家族が農業をして食べていける最小限の坪数である。
この広さで都会にも出て行きやすい土地をさがし求め、昭和三五年頃、坪当り四八〇円だった麦畑を手に入れた。
そして、その目論見通りに、川合さんは、敷地のうち六〇〇坪にミカンを栽培し、野菜をつくって自給自足の生活をしている。
ところで、そこは温暖地で水の便も水はけもいい理想的な土地だった反面、時姦い風が吹抜ける強風地帯でもあった。
そこでベッド 通販だけでなく風に抵抗できる家をつくらねばと思い、当時仕事でつきあいのあった建築家の丹下健三さんたちのところに、自分なりのスケッチを書いて持っていった。
そうしたら二〇〇点満点で二五点ぐらいしかもらえなかった。
それで考え方が違うということで、建築家に相談すべきものではない。
「自分でやらなくてはしようがない」
と思った。
これが切っかけで、どの教科書にも書いていない、誰も考えなかった家をつくることになったのである。